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モリガン区 Ⅲ

Author: エチカ
last update publish date: 2026-04-01 22:08:15

 今からでも逃げるか……いや、無理だ。

 少なくともローブの男と大柄なノエルと呼ばれていた男は間違いなくαだろう。

 ミレーと呼ばれていたもう一人は女性だったが、纏う雰囲気がもう凡人のそれではない。

 間違いない、全員αだ。

 詰んだ。

 でも、どこかで逃げなければ、このまま監獄にでも入れられたら、本当に人生が詰む。

 ドーン王国では魔女狩りと称して薬師が大量に殺された時代があった。

 当時の王が薬師に王妃を殺されたとして、国中の薬師を虐殺したのがキッカケだったとか。

 そのせいでドーン王国は他国に比べ薬学が廃れて久しい。

 現王レイモンドは積極的に他国からの薬も輸入し、自国の薬師を増やす政策を謳っている。

 だが、現状高価な薬を買えるのは貴族くらいで、平民には過ぎた代物でしかない。

 そんな平民が頼れるのは民間療法程度の気休めで、祖母は持てる知識を生かして、薬効成分を混ぜた特別な香辛料を作っては売っていた。

 何故祖母にそんな知識があったのかは分からない。

 だが、その分からない事が、モリガン伯の疑念を晴らす事が出来ない理由の一つでもある。

 祖母がモリガン伯に捕らえられてからは、オルタナがその店を継いだ。

 幼い頃から何でも口にし、匂いを覚え、見分けて、レシピがなくても出来る様に教えられて来た。

 ドーン王国では国が認めた薬を、国が認めた医師が処方する。

 それには国の許可が必要で、個人での薬の販売は禁じられている。

 だから、スパイスやシロップ、調味料や果実酒として売るのだ。

 薬ではないけれど、薬効のある物ではある。

 グレーな物を扱っている認識はあるので、憲兵や軍幹部には気を付ける様にしていたのに――――。

「おい、待て! オルタナをどうするつもりだっ!」

 馬車の外で騒いでいるのは、隣の肉屋の幼馴染スーランだった。

「口の利き方に気を付けろ。我々は王陛下の右の翼“特務警護団”だ」

 ノエルと言う軍人の低い声が響き渡る。

「ッ……どうか、理由を。オル……何故彼を」

「お前には関係ない。これは王命だ」

「王……命……?」

「道を空けろ。邪魔をするなら、この場で……」

「ま、待って下さいっ! スーランは関係ないっ!」

 オルタナは押し込められた馬車から身を乗り出し叫んだ。

 冗談じゃない。

 こんな訳の分からない理由で友達を斬り殺されたんじゃ、黙って付いて行く甲斐もない。

「オーリィ……」

「大丈夫、スーラン。大丈夫だから……」

 いつも気の強い二つ年上のスーランの泣きそうな顔を初めて見たかもしれない。

 何が大丈夫なのかわかりゃしないけれど、この場を収める言葉がそれしか見つからなかった。

「奴には第一級殺人罪の容疑が掛けられている。これ以上邪魔をするなら、お前も同罪と見なすぞ」

 そう言ってミレーと言う女騎士が腰の剣に手を掛ける。

「ちょっ……やめっ……」

「お前は大人しく座ってろ」

 一緒に馬車に乗り込んでいたローブの男に背中を掴まれ、オルタナはまた奥へと引きずり込まれた。

「騒ぐな。殺しはしない」

「でもっ……」

「なぁオルタナよ。一刻も早くここを立ち去るには、どうしたら良いと思う?」

「……黙ります」

「それで良い」

 馬車の向かいに座った男はそう言って被っていたローブを気だるげに外す。

 濡れた様な宵闇色の髪に、同じくらい黒く澄んだ眸がこちらを見ている。

 何でこんな所に、こんな大物が――――?

 何故一人だけずっとローブを被っていたのか、やっと合点がいった。

 この国では黒髪や黒い眸は健国王の血筋だと尊ばれる。

 稀少だと言われるΩよりも少なく、今現在、健国王の生まれ変わりとして国で一番有名なのが彼――ヴィンス・サリバン公爵閣下だ。

 現国王レイモンドの実弟でありながら、若い頃に王位継承権を破棄し臣下へと自ら下ったと言う。

 何でも現王と弟のどちらを王にするかで派閥が激化し、内乱すら起こり得ない緊迫した時代があったとか。

 血を重んじる世襲貴族達はこぞって第二王子を支持し、改革を求める新興貴族達は現王を王位に望んだのだと言う。

 サリバン公爵家はドーン王国の中でも一番古い世襲貴族の一つだが、直系の長男ではなく彼に家督を譲る程、彼の容姿を尊んだ。

 それに加えて、特務警護団の団長としての有能さは国でも有名だ。

「俺の顔に何かついているか?」

「あ、いえ……失礼しました」

 元は王家。

 王位継承権を破棄したとは言え、その気品や纏うオーラはやはり一線を画している。

 ローブを被っていた時には気付かなかった花の様な匂いも、伏した睫毛の上に零れる陽の光も、まるで人ではない何かを見ている様だ。

 少し下がる甘い眦も蜜を塗ったような濡れた唇も、まるで軍人とは程遠い気品に満ちている。

「もう一度聞こうか。俺の顔に何か? オルタナ」

「え……」

「見過ぎだ。もうそろそろ穴が開く」

「すっ……すみません……」

 珍しい物を見ると観察する癖が出てしまう。

「魔女ドーラの孫はまるで妖精だと聞いていたが、確かにその容姿は人間離れしているな。彼女からは想像も出来ぬ」

「それは……祖母が醜いからですか?」

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Comments (1)
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saito
オルタナかわいい...️ 応援します...
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  • 魔女ドーラの孫(仮)   モリガン区 Ⅱ

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